3/19(木)『等伯-反骨の画聖-』無名塾

【日程】

2026年 3月19日(木) 18時30分開演

米子 3月20日(金・祝)

【会場】

出雲市民会館 大ホール

現代の新自由主義は、かつての下剋上の世の中にも通じている。
そうした世に生を享けた、ひとりの絵師の物語。

「強い者が勝ち、弱い者は負ける」——それが人間社会の掟のように思われがちだが、我々の人生にはもうひとつ違った幸福の「ものさし」があること。
それを知った男の物語でもある。

脚本=岡山 矢 / 演出=仲代達矢
出演者=赤羽秀之、中山 研、本郷 弦、川村 進、円地晶子、他

あらすじ

長谷川等伯は、1539年、能登の七尾に生まれた。戦国時代の後半、まだ信玄や謙信や信長が全国の覇を争って、各地で戦いを繰り返していた頃である。能登で染物屋を営みつつ、絵仏師としても活躍していた彼は、その頃の名を「信春」と言った。その彼が30代に京の都へとのぼり、50歳頃には「等伯」と号して、都の名刹に豪華絢爛な天井画や襖絵を遺して行くのである。当時の画壇を牛耳っていた狩野派と争い、みごと秀吉直々の仕事を請け、「天下の絵師」として名を馳せて行くのである。そして、国宝「松林図」が生まれる。等伯は、なぜ「松林図」を描いたのか、その謎に迫る物語でもある。

解説

 都に出てからの等伯は、お寺のツテを辿って相変わらず能登時代のような仏画の類いも描いていたし、暮らし向きのために扇絵や絵馬を量産する「絵屋」を街中で営んでいたりしたが、彼の望みは天下人の注文を請け、お城の襖絵や寺院の天井画を描くこと、「天下一の絵師」になることだ。そのためには、画壇を牛耳っている狩野派と闘い、その牙城を突き崩して行かなければならない。もちろん、彼は人生の全てをそこに注ぎ込んだ。それが故に、手放さざるを得なかったものや、犠牲にしてしまったもの、見失ってしまった大切な何かが、あるのではないだろうか? 自分のあとを継ぐべき長男の久蔵の死によって、はじめて彼はそれに気づくのである。

【劇団プロフィール】

 1975年3月、俳優の仲代達矢の私邸に何となく役者の卵たちが集まり、女優だった仲代の妻宮崎恭子(ペンネーム隆巴)がその若者たちに稽古をつけているうちに、自然発生的に生まれた演劇集団である。仲代と宮崎が主宰者となり、後進の育成を期して1977年から公募を開始した。主演の「等伯」を演ずる赤羽秀之は、その十三期生である。

無名塾公式webサイト

仲代さんがいずもに来てくださった公演たち

  • 1997/02 『リチャード三世』
  • 2001/12 『ウィンザーの陽気な女房たち』
  • 2002/11 『セールスマンの死』
  • 2005/11 『ドライビング・ミス・デイジー』
  • 2010/10 『炎の人』
  • 2014/03 『ロミオとジュリエット』
  • 2019/11 『ぺてん師 タルチュフ』